正直マッサアロ


 昔あるところに、一匹の雌ヤギと一匹の子羊と一匹の雄羊と一頭の雄牛を持つ王様がいまし た。王様はこれらの動物、とくに雄牛をとても大事にしていたので、誰か信用の置ける者に世 話をさせたいと考えました。王様の知っている中で最も信頼できるのは「正直マッサアロ」と いう名の農民でした。彼は生まれてこのかた、一度も嘘を言ったことがなかったので誰もがそ う呼んだのです。王様は正直マッサアロを呼び、動物たちをあずけるとこう言いました
「毎週土曜日に、わしの元に来て動物たちの報告をしてくれ。」
こうして、正直マッサアロは言われたとおりに毎週土曜日には山を降り、お城に参上すると、 帽子を取って挨拶をすると次の会話を王様とするのが例となりました。
「ごきげんよろしゅう、王様! 」
「ごきげんよう、正直マッサアロ! 雌ヤギはどうしてる?」
「真っ白で、盗っ人女でさあ! 」
「子ヒツジはどうしてる?」
「真っ白で、そりゃきれいで! 」
「雄ヒツジはどうしてる?」
「よく肥えて、なまけもので! 」
「雄牛はどうだ?」
「これでもかってくらいによく肥えてまっさあ! 」
王様はその言葉を信じ、この会話のあと正直マッサアロは山に帰っていくのでした。
 しかし大臣の中に一人、王様のマッサアロへの好意に嫉妬する者がいました。ある日、この 大臣が王様に言いました
「あの老いぼれマッサアロが嘘つきでない保証がどこにありますか? 次の土曜きっと一つは嘘 をつくでしょう、賭けてもいいですよ。」
王様は憤って、
「わしのマッサアロがもし嘘を言うようなものなら、わしの首を切ってもよいぞ! 」
と言いました。
 こうして賭けが成立し、負けたほうは首を切られることになりました。次の土曜日まで後三 日となりましたが、大臣はいくら考えてもマッサアロに嘘をつかせる名案を思いつけませんで した。四六時中、もの思いに沈むばかりの彼を見て、妻が尋ねました
「どうしたの、ふさぎ込んでしまって」
「放っておいてくれ、どの道お前に話してみても仕方がないことだ! 」
けれども妻があんまり優しく尋ね続けたので、最後には大臣も胸のうちを明かしました。する と、妻は
「ああ、そういうこと! 私に任せて」と言いました。
 翌朝、大臣の妻は彼女の一番上等の服を着て、一番上等の宝石を身につけ、その上、額にダ イアモンドの星をつけました。そして馬車に乗ると、マッサアロが雌ヤギと子羊と雄羊と雄牛 を世話する山の上へと向かわせました。山の上についた彼女は馬車を降り、辺りを見渡しまし た。こんなにも美しい女をこれまでの人生で見たことのなかった哀れな農民、マッサアロはす っかり気が動転してしまいました。そして、この貴婦人に歓んでもらいたくて懸命にもてなし ました。
「ああ、親愛なるマッサアロ、私のお願いを一つ聞いてもらえるかしら?」
「高貴なる奥様、どうぞ何なりとおっしゃってください。あなた様の望むことなら、何でもい たしましょう。」
「ご覧になって。 私もうすぐ子供が生まれるの、だから雄牛のレバー焼が食べたくて仕方ない の。もしくれなければ、私死んでしまうわ。」
「高貴な奥様、あなたのためには何でもいたしましょう。けれどその願いだけはかなえる事が 出来ません。何故なら雄牛は王様のもの、しかも王様が一番大事にしている動物なのです。」
「かわいそうな私! 」彼女は苦しそうに言いました、
「雄牛が食べられないとなれば、死ぬしかないわ。マッサアロ、素敵なあなた、お願いよ ! 王様には何も分かりっこないわ、雄牛は崖から落ちて死んだって言えばいいじゃない! 」
「そんな嘘はあっしには言えません。あなた様にレバーをあげる事も出来ません。」
 それを聞いた大臣の妻は泣き始め、わめき、地面に身を投げました。その有様は本当にもうすぐ 死んでしまうかの様でした。こんなに美しい貴婦人が嘆く様を見て、農民の心は深い哀れみを 感じました。そこで、マッサアロは雄牛を殺し、レバーを焼くと、彼女にやりました。大歓びの 妻はふた口でレバーをたいらげると、そそくさとマッサアロに別れを告げ、馬車に乗って行って しまいました。
 かわいそうなマッサアロは一人後に残されて、まるで胸の上に重たい石をのっけられた様な気 持ちでした。
「さあ、土曜日は王様に何と言えばいい?『雄牛はどうしてる?』と聞かれても、もう『これでも かってくらいに、よく肥えてまさあ! 』って言えやしない、、、」
 マッサアロは杖を地面に突き刺し、彼のマントをそれに掛けました。そして、少し遠ざかり、また何歩か近づくと、ひざまづき、杖に向かって始めました
「ごきげんよろしゅう、王様! 」
それから、王様の声色と自分の声を代わり替りに使って言いました、
「ごきげんよう、正直マッサアロ! 雌ヤギはどうしてる?」
「真っ白で、盗っ人女でさあ! 」
「子ヒツジはどうしてる?」
「真っ白で、きれいでさあ! 」
「雄ヒツジはどうしてる?」
「よく肥えて、なまけもので! 」
「雄牛はどうしてる?」
ここで、マッサアロは黙りこみました。そして、また杖に向かってぼそぼそと言いました、
「王様、、、あっしは雄牛を牧場に連れて行ったとです、、、けんども、奴は山の上から脚を滑られせて、谷底に落ちて、 、、骨を折りやして、、、死にやした、、、」
そして、しどろもどろになってしまいました。
「だめだ! 」マッサアロは思い直しました、
「王様にこんなことは、こんなことは王様には言えない! だって嘘っぱちじゃねえか。」
マッサアロは杖を他の場所に差し、マントをまた掛けて、もう一度ひざまづき、王様との会話を初めからやって見ました。けれども「雄牛はどうしてる?」の所でやはり、つまってしまいました
「王様、雄牛は盗まれたとです、、、盗っ人たちが、、、」

 夜になり、横になりましたが、マッサアロは眼を閉じることが出来ませんでした。次の朝、もう土曜日でした、マッサアロはうなだれて城への道を歩き始めましたが、頭の中では王様に言うことをずっと考えていました。木を見つける度に、近づいて行ってはひざまづき、
「ごきげんよろしゅう、王様! 」
と会話を始めてみるのですが、どうやって続けていいのか分かりませんでした。けれど、あっちの木からこっちの木へと渡り歩くうちに、とうとう正しい答えが見つかりました。「こう答えればいいんだ! 」マッサアロはすっかり元気になりました、そしてまた木を見つける度にひざまづき、一人芝居を最後のくだりまで繰り返して歩きましたが、今度はその度、自分の見つけた正しい答えがますます好きになりました。
 お城では王様とお城の貴族たち全員が待っていました、何しろ賭けがありましたから。正直マッサアロは帽子を取ると、始めました

「ごきげんよろしゅう、王様! 」
「ごきげんよう、正直マッサアロ! 雌ヤギはどうしてる?」
「真っ白で、盗っ人女でさあ! 」
「子ヒツジはどうしてる?」
「真っ白で、きれいでさあ! 」
「雄ヒツジはどうしてる?」
「よく肥えて、なまけもので! 」
「雄牛はどうだ?」
  
「王様、本当のことを申しあげます、一人の貴婦人があっしのとこに参りました、えれぇ美人で、 お腹の大きな。あんまり綺麗なんで、あっしは惚れてしまいました。そこで、恋のため、雄牛は殺し てしまいました。」
 
 そう言って、正直マッサアロは頭を下げ、また付け足しました、
「もし、あっしを縛り首になさるつもりなら、お好きにしてください。けんど、あっしは本当のことを申しあげました。」
 王様は、雄牛の死に心を痛めましたが、それよりも賭けに勝ったことがあんまり嬉しかったので、マッサアロに金貨を山と与えました。貴族たちは王様とマッサアロのために拍手喝采しました。その中でただ独り、負けを首で払わねばならない大臣だけは拍手をしなかったということです。
  


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